神戸地方裁判所 平成10年(ワ)1223号 判決 1999年9月01日
原告
林崎茂万
被告
宮本利香
ほか一名
主文
一 被告宮本利香は、原告に対し、金一六一二万九七五一円及びこれに対する平成七年一一月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告安田火災海上保険株式会社は、被告宮本利香に対する右判決が確定したときは、原告に対し、金一六一二万九七五一円及びこれに対する平成七年一一月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
五 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の求めた裁判
一 被告宮本利香(以下単に「被告宮本」という。)は、原告に対し、金二八四五万七一六八円及びこれに対する平成七年一一月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告安田火災海上保険株式会社(以下単に「被告会社」という。)は、被告宮本に対する本判決が確定したときは、原告に対し、金二八四五万七一六八円及びこれに対する平成七年一一月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 原告は後記交通事故(以下「本件事故」という。)により負傷したとして、加害者である被告宮本に対して、自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害の賠償を求める。
また、被告会社に対して、被告宮本が加害車両について加入していた自家用自動車総合保険の約款に基づき、被告宮本の右損害賠償責任に対する保険金を直接支払うよう求める。
なお、被告宮本は適式の呼び出しを受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しないから、原告の請求原因事実を明らかに争わないものと認める。以下の記述のうち、「当事者間に争いがない。」との説示は右の趣旨を含む。従って、争点の摘示やこれに対する判断は、特に断らない限り、原告と被告会社との間におけるものである。
二 本件事故の発生(当事者間に争いがない。)
1 発生日時 平成七年一一月二六日午後五時四〇分ころ
2 発生場所 神戸市灘区青谷町四丁目四番三号先市道西谷線
3 加害者 被告宮本
4 被害者原告
5 事故の態様
原告は、右市道において停車中の車両の運転席に乗り込もうとしたとき、被告宮本運転の普通乗用車(神戸七八ま五三五一。以下「加害車両」という。)に跳ねられた。被告宮本はその場にいったん停止し、下車したものの、そのまま逃走したため、原告は加害車両の下部にひっかかったまま、一キロメートルほど引きずられた。
三 原告の傷害と治療の経過、後遺障害(被告宮本は自白したものとみなす。)
1 原告は右事故により次の傷害を負った。(甲二の1ないし12)
<1>左脛骨開放性骨折、<2>左手圧挫創、<3>左拇指切断、<4>左環小指DIP開放性骨折、<5>両膝挫創、<6>顔面(左頬部)挫滅創、<7>左肩挫創、<8>左肩鎖関節脱臼、<9>背部火傷、<10>両足趾挫創、<11>口唇鼻部挫創、<1>出血性ショック。
<6>は皮膚欠損創、広範囲挫創を伴い、外傷性顔面神経麻痺、外傷性刺青を生じ、左上腕にも外傷性刺青が生じた。
2 原告は、右傷害の治療のため、次のとおり入通院した。(甲二の2ないし12、三の1、2)
(一) 平成七年一一月二六日から平成八年七月六日まで、神戸市立中央市民病院に入院(二二四日間)。
(二) 平成八年七月七日から平成九年七月一日まで、同病院に通院(実日数一三五日)。
(三) 葛西形成外科に平成八年九月二六日から平成九年七月三日まで通院(実日数一三日)。
(四) むさし歯科医院に平成八年一〇月一六日から同年一一月六日まで通院(実日数四日)。
3 原告は、神戸市立中央市民病院において平成九年七月一日付けで、また葛西形成外科において同年七月三日付けで、それぞれ症状が固定したとして、それぞれ自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書の発行を受けた(甲三の1、2)。
4 原告は、右診断に基づき、平成一〇年三月二六日付けで、自動車損害賠償責任保険において後遺障害認定を受けた。その内容は次のとおりであった。(甲四)
<1>左手拇指欠損が第九級に、<2>左手第二ないし第五指用廃が第八級に該当し、<1>と<2>両者の併合で第七級となり、<3>左手関節機能障害が第一〇級に該当するのと併合して第六級となり、<4>第一二級に該当する骨盤骨変形、<5>第一二級に該当する顔面醜状をも併合して、第五級を適用する。
四 責任原因(当事者間に争いがない。)
1 被告宮本は、加害車両の運行供用者であるから、自動車損害賠償保障法三条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。
2 被告会社と被告宮本は、加害車両について、平成七年八月一四日から一年間を保険期間として、対人賠償額無制限の、自動車総合保険(通称PAP)を締結していた。右普通保険約款第六条一項には、「対人事故によって被保険者の負担する法律上の損害賠償責任が発生した場合は、損害賠償請求権者は、当会社が被保険者に対して支払責任を負う限度において、当会社に対し、第三項に定める損害賠償額の支払を請求することができる。」との条項があり、原告は、被告宮本に請求できる限度で、被告会社に対して直接請求できる。
3 もっとも、右保険の約款七条一項一号には、保険契約者、記名被保険者の故意によって生じた損害は本件保険は填補しない旨の、いわゆる故意免責が定められており、被告宮本に賠償義務があっても、被告会社は免責される。
五 争点
1 保険契約中の故意免責約款の適用の有無。適用される傷害の範囲。
2 原告の損害
六 争点に関する当事者の主張
1 故意免責の成否、範囲
(一) 被告会社
(1) 本件事故の状況は次のとおりである。
被告宮本はその運転する加害車両を、道路脇にとめた自車に乗り込もうとして車道に佇んでいた原告に衝突させて、原告を加害車両の下に巻き込んだ。
被告宮本は事故に気づいて停止し、車から降りて原告が加害車両の下に巻き込まれているのを確認したが、飲酒運転が発覚するのをおそれて、原告を自車下部に巻き込んだまま発進し、時速二〇ないし三〇キロメートルで時間にして約三分間、約一キロメートルほど引きずって、さらに原告に傷害を与えたもので、走行時にも床下の異常音から原告を挟んだまま引きずって走行していることを認識していた。
従って、衝突事故は過失によるものではあるが、原告が加害車両の下部に巻き込まれているのを知りながらあえて発進し、走行中も引きずっているのを認識していたのであって、引きずり走行による傷害部分については、故意による損害であるから、本件保険の適用外となり、被告会社は免責される。
(2) 原告が本件事故によって被った傷害のうち、過失による衝突事故に基づくものは、右脛骨開放性骨折のみであって、その余の傷害は、衝突後加害車両下部に挟まれた状態のまま引きずられたことにより、すなわち被告宮本の故意によって発生した傷害である。
過失によって生じた傷害である右脛骨骨折の治療に必要な入院期間は骨が癒合し、歩行に支障がない程度に回復したときまでであるところ、平成七年一一月二六日から平成八年七月六日までの神戸市立中央市民病院への入院全期間をもって右は回復した。
その後の通院は、右の骨折以外の傷害に対する治療である。
(二) 原告
(1) 被告宮本には、原告を引きずることについて故意はなかった。
ア 跳ねた人が車の下にいる場合、そのまま発進すれば、その人を通り越して置き去りにすると考えるのが経験則に適する。
イ 走行中に床下から「スースー」する音が聞こえたという長女の供述があるが、被告宮本は、当時精神分裂病の薬を服用していた関係もあって、事故前の飲酒による酩酊の程度は著しかったから、聴力は平時より衰えていたと解されるのであって、被告宮本に、長女が聞いたと同じ音が聞こえていたか、疑わしい。
ウ 何らかの音が聞こえたとしても、自動車の下部が損傷したためと考えるのが通常である。
エ 人を引きずっていないと考えたからこそ、被告宮本は事故後逃走して、自宅まで逃げ帰ったものと言うべきである。
オ 自宅まで低速でしか運転できなかったのは、坂道や曲がり角が多かったせいであり、人を引きずっていたためではない。
カ 被告宮本は、勾留延長後処分保留のまま釈放され、在宅で取り調べを受けたもので、殺人未遂で起訴されることまでは予想せず、捜査官の誘導に従って供述調書が作成されたものと思われる。うめき声が聞こえたとまで供述しているが、同乗していた娘は聞いていない。
(2) 仮に未必の故意が認められるとしても、故意免責約款は適用されない。最高裁判例は、右約款の適用について未必の故意という刑法上の概念を借りて説明していない。単に「そのまま本件車両を発進すれば、(立ちふさがった)被害者に車体を衝突させて傷害を負わせる可能性が高いことを認識しながらそれもやむをえないと考えて、あえて発進させた」などとして、単純に故意による傷害を認定できる場合にのみ免責を認めている。
本件の場合、被告宮本は、そのまま発進すれば、原告をまきこんだまま走行することになるとの点についても未必的であって、傷害を負わせることになる可能性が高いことについての認識がなかった。
2 原告の損害
(一) 原告
(1) 入通院関係 三九一万〇三二〇円
<1> 入院雑費 二四万九六〇〇円
一三〇〇円×一九二日
<2> 入通院慰謝料 三二六万四〇〇〇円
悪質な轢き逃げ事案であるので通常の二割増が相当である。
<3> 通院交通費 三九万六七二〇円
(2) 休業損害 六七二万五一六〇円
原告は、警備員として勤務して、事故前三か月間、一日平均一万一四九六円の収入を得ていたが、本件事故により五八五日間休業した。
(3) 逸失利益 二一八四万一六八八円
一日一万一四九六円の三六五日分を年収として、労働能力の喪失率は七九パーセントになる。平均稼働年齢まで八年間の新ホフマン係数六・五八九を乗ずる。
(4) 慰謝料 一五六〇万円
悪質な轢き逃げ事案であるので通常の二割増が相当である。
(5) 損害填補 二二二〇万円
被告らから六四六万円、自賠責から一五七四万円の損害填補を得た。
(6) 弁護士費用 二五八万円
右の残額は二五八七万七一六八円となるところ、本訴の提起をよぎなくされ、原告代理人にその提起遂行を委任した。その費用は二五八万円が相当である。
(7) 以上の合計は二八四五万七一六八円となる。
(二) 被告会社
(1) 損害の主張についてはすべて不知。ただし(5)の損害填補については認める。
(2) 休業損害
保険契約の対象となる、被告宮本の過失により生じた傷害は、前記のとおり右脛骨骨折のみであり、その余の傷害は故意によるものであって、被告会社は免責されるところ、神戸市立中央市民病院の入院をもって、右脛骨骨折の傷害は治癒しており、葛西形成外科、むさし歯科医院での通院期間は、専ら外傷性刺青、外傷性顔面神経麻痺、歯の破折の治療のためのものであって、脛骨骨折とは関係がない。
(3) 入院雑費、入通院慰謝料
算定の基礎となる期間は、神戸市立中央市民病院の入院期間のみである。
(4) 逸失利益、後遺障害慰謝料
原告の後遺障害のうち、左手関節機能傷害、左手拇指欠損、左手第二ないし第五指用廃、顔面醜状は、被告宮本が故意に原告を引きずって走行した行為によって発生した傷害に基づくものであるから、これらの後遺障害についての逸失利益、後遺障害慰謝料については被告会社は免責される。
骨盤骨変形は、右脛骨骨折治療のため骨移植術を施行した際、左腸骨から採取したことによるものであり、右脛骨骨折と因果関係ある後遺障害ではあるが、労働能力に全く影響を与えるものではない。
(5) 故意免責の対象とならない、右脛骨開放性骨折に基づく損害は、原告が既に被告会社から受け取った休業損害金六四六万円、自賠責保険金一五七四万円の合計二二二〇万円を超えることはない。
第三裁判所の判断
一 争点1(故意免責の適用の有無、範囲)について
(なお、この項は原告と被告会社との関係での説示である。)
1 事故状況について、証拠(甲六―刑事公判記録)によると、次のとおり認められる。
(一) 被告宮本は、外出先で飲食中に飲酒したあと、帰宅のため、自己所有の加害車両(トヨタコルサ)に、娘(当時八歳)を助手席に乗せて走行中であった。既に日は落ちており、前照灯を点けていた。
(二) 原告(当時六三歳)は妻の実母方を訪れて、帰宅するために、道路左側の歩道に跨がって駐車しておいた普通乗用車(以下「原告車両」という。)の右側後ろドアを開けて荷物を入れたあと、運転席横のドアを開けて、手を伸ばしてエンジンを掛けようとしていた。
(三) 衝突現場は、片側一車線、両側に狭い歩道のある道路が左にカーブしたあと続いて右にカーブしているところである。被告宮本は、対向車とのすれ違いに注意を奪われ、道路左端にいた原告を原告車両の運転席ドアもろとも跳ね、約一〇メートルほど前方で停車した。原告は衝突でボンネットの上に跳ね上げられ、頭部が加害車両のフロントガラス左下隅に衝突して、クモの巣状のひび割れを生じさせたあと、加害車両の減速停車にともなって足の方から地上に滑り落ち、停車した加害車両の下に潜り込むようにして、足を後ろ方向に、頭を前方向に向けて、倒れた。
(四) 被告宮本はいったん加害車両を停止して下車したが、すぐに自車に戻って発進し、右折、左折やかなりの勾配の上りを含む、約一キロメートルの距離を走って、自宅近くに借りている青空駐車場に加害車両を停めた。原告は、加害車両に引きずられて来て、この駐車場入口の段差部分で原告車両から解放されて残された。
(五) 衝突により、加害車両は、原告車両の運転席ドアが衝突した左側前照灯付近で、ボンネットがくぼみ、フロントガラス左下隅にクモの巣状のひび割れが生じ、左側ドアーミラーがその取り付け部から折れ曲っていた。原告車両は右側運転席横ドアが取り付け部近くで外側に押し曲げられ、ドアの内張りが引きちぎられて、加害車両の前方路上に落下していた。付近にはドア内側のひじ掛けも落ちており、その他、ひじ掛けポケットにいれてあった手帳やレシート様の小紙片が散らばり、原告車画の前方に原告が左手に所持していた湯飲みが落ちていた。
(六) 原告は、加害車両の底部マフラー右側寄りの右後輪内側部分の三角形をした空間に頭部などを入れ、頭部を加害車両の進行方向に向け、後輪メンバーで腰付近が押され足を後ろへ向いた状態で、体を左下に向けた体位で引きずられた。
2 被告宮本の再発進時の認識について
(一) 前記甲六(刑事記録)及び乙一〇ないし一二によると、次の事実が認められる。
(1) 被告宮本は、捜査の当初(事故当日の平成七年一一月二六日)、何かに衝突して停止し、下車して回りを見たが、黄色の板のような物が落ちていたのを見ただけであると述べたものの、六日目の警察調書では、衝撃音とともに人がボンネットに乗り上げるのを見た、降りて見たところ、人の姿は見えず、直ぐに車に戻った、と供述した(一二月一日、同月四日)。
ところが、一二月七日の検察官調書では、実は車体の下から人の手が出ているのを見た、としてその説明図を作成したうえ、娘が衝突直後に「人を跳ねたよ。」と言い、駐車場についたあと娘が「人が死んでいるよ。」と言ったことも認めた。
その後も一二月九日付の警察調書では、実際には人の手は見ていないと述べたが、その三日後の一二月一二日には警察調書でも、人の手が車の下に見えていた、自車は車高が高いのでそのまま発進すれば通りすぎることができると思った、と述べている。
(2) さらに一二月一五日の検察官調書では、衝突の衝撃とともに人の顔と頭がフロントガラスに飛んできて、ひび割れした、停止して後方を見ても人はいなかったが、前に回って見ると左前照灯の下方に人の手が見えた、うなり声も聞こえた、人をひきずっているためか、ハンドルは重く感じた、巻き込んでいる人が死んでしまうかも知れないと思い、その人が離れるかと思ってバックミラーやルームミラーを見ていたが、離れた様子がなく、車の下からはスースーという音が聞こえていた、と供述した。さらに同月一八日には、殺人未遂で調べを受けることも理解したうえで、人の手が見えたので、そのまま発進すると死んでしまうかも知れないと思ったが、後退はせず、前進して発進した、と供述したほか、自車の車高が高いから通りすぎることができると思ったとの警察での供述については、車高が高いことは事故後に警察で教えられて知ったことであると訂正した。
そして被告宮本は右供述をした一二月一八日処分保留のまま釈放された。その後も三度検察官の調べを受けたが、ほぼ同旨の供述を維持していた。
(3) 被告宮本は、翌平成八年三月一四日、殺人未遂等の罪名で起訴されたが、刑事公判においては、捜査のごく初期と同様に、道路脇の電柱にぶつかったと思った、いったん下車し、サイドミラーが曲がっているのを見たが、人は見えなかった、原告車にも気づかず、フロントガラスのひび割れにも気づかなかった、などと供述した。
(4) 右事件では、被告宮本は、平成九年八月八日、殺人未遂を含む有罪判決を受け、控訴も棄却されて、服役している。
刑事事件の一審判決では、娘の供述などから被告宮本の公判供述は信用できないものとされ、事故を起こしたことが明らかな客観的状況や、捜査段階の供述から、被告宮本は、下車した際に、自車の下に巻き込んだ原告が生存していることを確認したにもかかわらず、そのまま発進進行すれば原告を自車の下部に巻き込んだまま進行することになり、同人が死亡するかも知れないことを認識しながら、それもやむをえないものと決意し、あえて、発進進行したもので、いわゆる未必の故意があるものと認定して、殺人未遂罪を適用した。控訴審判決も、同様に未必の故意があったものとして控訴を棄却した。
(二) 被告宮本は、当裁判所の行った本人尋問においても、右の刑事公判におけるとほぼ同様に、衝突したのは電柱だと思った、前方から腰を屈めて車の下を覗いたが、人は見えなかった、などと供述した。
(三) 被告宮本の刑事公判における供述や当裁判所における供述は、停車して周囲を見たというのに、さらには当裁判所での供述では中腰になって車体の下を見たとまでいうのに、サイドミラーが曲がっていることに気づいたのみで、ボンネットの凹損やフロントガラスのひび割れにも気づかず、すぐ後方に止まっていた原告車両にも気づかなかったというなど、甚だ不自然であって、たやすく信用しがたいものである。
当裁判所における供述については、既に刑が確定して服役中で、その服役先での所在尋問を受けたのであるから、被告宮本にはいまさら虚偽の供述をする動機はないともいえるが、自らの犯した罪への罪悪感を多少でも軽減しようとする心理が働いているとしても不自然ではなく、刑が確定しているからといって、記憶に従ったありのままの供述をしているとはいえない。
(四) そうすると、客観的な車体等の破損状況や被告宮本の捜査段階の供述からして、被告宮本は、下車した際に、原告の手が車体の下からのぞいているのを見て、原告が車体の下に倒れていることを知ったものであり、それにもかかわらず、原告を引きずってしまうことをも認容して、そのまま前進で発進して進行したものと認められる。
もっとも、刑事公判手続上は未必の殺意までもが認定され、有罪判決が確定してはいるが、衝突事故を惹起した直後の心理状態を推察すると、被告宮本は、飲酒のうえ事故を起したことに狼狽し、その場から逃げ去ろうとする意欲のみがあったものであり、ただ、逃げ去るについて自車を発進進行すれば、原告を引きずるかもしれないことを認容していたに過ぎないものと見るのが相当である。そして自車の下に倒れている原告を引きずれば傷害を与える可能性が高いとはいえるものの、原告は無抵抗で倒れているのであり、攻撃的な態勢を見せていた訳ではなく、もとより被告宮本においても、原告に対抗する要があった訳でもない。そうであれば、そのような状態の原告の身体に対して傷害を負わせる可能性が高いことを認識しつつ、なおそれを認容するという意味での傷害の故意があったとまで見ることはできない(最高裁平成四年一二月一八日判決・判例時報一四四六号一四七頁は、発進させまいとして自車前方に立ち塞がって車体に触れている相手を認めつつ、自車を発進させた事案であり、最高裁平成五年三月三〇日判決・民集四七巻四号三二六二頁は、ドアノブを掴んでドアを蹴るなどしながら発進を阻止しようとしている相手を、速度を上げつつ振り切った事案である。なお、仙台高裁秋田支部昭和六〇年七月一七日交通民集一八巻四号九四九頁は、攻撃するために並進している相手の二輪車に幅寄せして威嚇し振り切ろうとした事案であるが、接触してしまったことについて、故意を否定している。)。「故意免責」は自己招致の損害は保険されないことを定めたものであるから、被告宮本が右の発進進行により、原告を引きずることを認容していたとはいえ、それによって原告に新たな傷害を与えて、原告の損害を拡大したことについて、本件保険約款七条に定める「故意によって生じ」させたものと言うことはできないものと解するのが相当である。
もっとも、被告宮本は、発進後、人を引きずっているためか、ハンドルを重く感じた、とか、低速でしか走れなかったとも供述しているが、これらの捜査段階の供述が、実際の自己の記憶・体験を供述したものかについては、供述の変遷、ことに公判や当裁判所での供述ぶりに照らして疑問が残るうえ、走行時にその供述するとおりの体験をしたとしても、前記と同様、故意に損害を発生させたものとはいいがたい。
3 そうすると、最初の衝突事故のあと被告宮本が逃走しようとして走らせた加害車両に引きずられたことによって原告が負った傷害に基づく損害についても、被告会社は責任を免れず、原告に対して保険金を支払うべき義務がある。
二 争点2(原告の損害)について
(なお、被告宮本については、損害算定の基礎となる事実については自白したものとみなされるものの、損害額の算定方法については自白は成立しないものというべきであるから、この項は、被告宮本に関する説示でもある。)
原告は、本件事故によって前記の傷害を負ったことにより、次の損害を被ったと認められる。
1 入通院関係
(一) 入院雑費
原告は、平成七年一一月二六日から平成八年七月六日まで、神戸市立中央市民病院に二二四日間入院したところ、一日あたり一三〇〇円とするのが相当であるので、原告の請求の限度で二四万九六〇〇円を認容する。
(二) 入通院慰謝料
前記の如き事故の態様や負傷の部位程度のほか、入院が七か月半、通院が整形外科の症状固定まで約七か月半、形成外科の通院まで含めると約一二か月に及んだことなどを考えると、三二〇万円が相当である。
(三) 通院交通費
原告がその負傷のために神戸市立中央市民病院に平成八年七月七日から平成九年七月一日まで実日数一三五日通院し、葛西形成外科に平成八年九月二六日から平成九年七月三日まで実日数一三日通院し、さらにむさし歯科医院に平成八年一〇月一六日から同年一一月六日まで実日数四日間通院し、合計一五二日通院したことは前記のとおりである。各病院の所在地と原告の住所地の通院にどのような交通手段があるのか、どの程度の交通費を要するのかを認めるべき的確な証拠はないが、原告の傷害が、脛骨骨折を伴い、少なくとも退院後六か月間はリハビリが必要であったこと(調査嘱託の結果)などからすると、一日に往復一〇〇〇円程度は要したものと認めるのが相当であり、合計一五万二〇〇〇円となる。
2 休業損害
原告(昭和六年一二月三〇日生)は、本件事故当時、有限会社エース警備保障に警備員として勤務し、平均月収三〇万二七五〇円を得ていた(甲五)。本件事故の負傷により入院して手術を受け、退院後も通院を続けて、平成九年二月七日に抜釘手術を受けた(甲二の4)もので、同年三月四日に整形外科の分野では症状固定した(調査嘱託の結果)。その後は、形成外科で外傷性刺青に対するレーザー治療と顔面神経麻痺に対する静的形成術を受けた程度である(甲二の8ないし11)。右からすると、整形外科分野での症状固定までは全面的な休業をよぎなくされたと認めるのが相当であり、この間の休業損害は、次のとおりと認められる。なお、その後は、後記の後遺障害による逸失利益として考慮するのが相当である。
302,750×(15+3/28+4/31)=4,612,699
3 後遺障害による逸失利益
症状固定時は右のとおり平成九年三月四日と認められる。後遺障害は、併合して五級と自動車損害賠償責任保険では認定されたが、骨盤骨の変形は脛骨骨折の治療痕に過ぎず、労働能力の喪失をもたらすものではなく、顔面醜状や顔面神経麻痺も、原告の性別や年齢からして労働能力の喪失を伴っていないと認めるのが相当であるので、併合六級として、労働能力喪失割合は六七パーセントとするのが相当である。そして右の固定時の原告の年齢は六五歳であるから、以後の稼動年数は九年と見るのが相当であり、新ホフマン係数は七・二七八である。
そうすると、逸失利益は、次のとおりとなる。
302,750×12×0.67×7.278=17,715,452
4 後遺障害慰謝料
原告は前記の如き後遺障害を残しており、これに対する慰謝料は、一一〇〇万円が相当である。
5 損害填補
原告が自動車損害賠償責任保険等から、合計二二二〇万円の填補を得たことは当事者間に争いがない。
6 残額
1ないし5の損害の合計から右填補額を控除すると、残額は一四七二万九七五一円となる。
7 弁護士費用
原告が本訴の提起遂行を原告訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ、これに要する費用は、右認容額のほか、本件に現れた諸般の事情を考慮すると、一四〇万円とするのが相当である。
8 結論
そうすると、原告は被告宮本に合計金一六一二万九七五一円の賠償とこれに対する本件事故の日である平成七年一一月二六日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を請求できるものというべく、また、本判決が確定した場合には、被告会社に対しても、直接その支払を請求できることになる。
よって、右の限度で、原告の本訴請求を認容することとし、その余は失当として棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 下司正明)
(別紙) 損害計算表
請求額 認容額
1 入通院関係 3,910,320 3,601,600
(一) 入院雑費 249,600 249,600
(二) 入通院慰謝料 3,264,000 3,200,000
(三) 通院交通費 396,720 152,000
2 休業損害 6,725,160 4,612,699
3 逸失利益 21,841,688 17,715,452
4 慰謝料 15,600,000 11,000,000
小計 48,077,168 36,929,751
5 損害填補 ▲22,200,000 ▲22,200,000
6 残額 25,877,168 14,729,751
7 弁護士費用 2,580,000 1,400,000
8 計 28,457,168 16,129,751
以上